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2006年8月 7日 (月)

「奇跡も語る者がいなければ」 ジョン・マグレガー 新潮社

生きている人の数だけ物語がある。その全てを知り、すべてに関わることは、神にしか許されないことだろうか。すぐ隣のドアの中でとてつもなく劇的な人生が展開されているのかも知れないのだが、仮にそこで奇跡が起こったとしてもそれは永遠に語られる事のない物語なのだろうか。

私たちは、この現代と言うシステムの中で生きている。そして、色んなコミュニケーションを欲している。携帯電話の爆発的な普及やインターネットの普及は不特定の人との「つながり」を求めての事なんだと思う。もちろん現実は甘くなく、ここにも「現代」同様色んな落とし穴が潜んでいるのだが・・・。

この小説はイギリスのある町のある通りに住む人々の一日を3人称で描く部分と主人公の女の子の1人称の語りの部分とで出来ている。特に人々の様子は、「カメラアイ」ともいうべきドライで精緻な描写で綴られており、読み応え充分だし、物語の正にラストで、題名の謎が解かれる部分もあまり構えることなく、描写されていて、その上手さに思わずうなってしまった。

登場人物のひとりであるドライアイの男の子が、他者との繋がりを求め、この現在を写真で切り取ったり、色んなガラクタを集めてたりして、何とか保存しようとする姿は、正にブログを運営し、様々な自身の記録を残し、知らない人たちにTBやコメントをする自分の姿とダブッて見える。いや、現代に生きる多くの人々が潜在的に持っている他者との繋がりを求め、けれど叶えられない姿を描き出しているのだろう。

いつの日かインターネットの普及により、すべての物語が、奇跡が語られる日がやってくるのだろうか。

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» ドライアイは・・ [瞳の栄養]
『ドライアイは涙の量が減ったり、涙の質が変化することによって、眼の潤いが低下し、眼の乾き・充血といった症状を起こします。 [続きを読む]

受信: 2006年8月21日 (月) 21時41分

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