カテゴリー「最近読んだ本」の27件の記事

2008年10月 7日 (火)

「西の魔女が死んだ」 梨木香歩 新潮文庫

今年映画化されて、ちょっとした評判になっていたので、映画をご覧になった方も多いかと思いますが、私は映画は見ていません。

元々、ジョアンハリスの「ショコラ」や「ブラックベリーワイン」のような物語が好きで、本屋さんのおすすめコーナーにあったこの本を手に取ったのです。

しかし、この現代の日本という国は、なんと生きづらい場所であることか!!それは魔女にとっても同じこと。

本来は、キリスト教の影響が強いフランスのほうが、何かと邪教的な考え方は排斥される対象となる、あるいはそこまでいかなくても、地域社会の中で孤立させられる存在となりやすいのでしょうけど、本当は、八百万の神々が存在し、家の中のあらゆる物に精霊(妖怪)を見出してきたはずの日本のほうが、魔女にとっても住みづらい場所だとは・・・。

主人公まいのパパもママもいいヒトなんだろうけど、後ろに不幸な日本のシステムを背負っている。まいの悩みは私たちの悩みだ。老人であるおばあちゃんは、もう戦うことをしない。まいに戦いの心得を伝えるという役割を果たしている。最後におばあちゃんの魔法で、まいのココロの葛藤が見事に解けるシーンは感動的だが、やはりまいの戦いはこれからも限りなく続くのであって、なんとなく重さを背負わされたまま、物語が終わる感じにはなってしまう。

続編の「渡りの一日」では、ちょっと成長した力強いまいを私たちは見ることができる。まさに「ショコラ」のヴィアンヌのように風の中にすっくと立つことができる女性に向かって、歩き出したまいの姿を見て、私たちは安堵するとともに、この駆け出しの魔女に声援を送りたくなる。そして、それは、悲しみのシステムの中で生き続けなければならない自分への声援にほかならないのであろう。

ショコラのどこか御伽噺のような世界と比べるといささか現実的に過ぎるきらいはあるけれども、ロハスとかそんなことで片付けては、やっぱりいけない。かといってシブリのような安易な汎神論もどうかと思う。そもそも「社会的な生物」という人間の定義自体がややこしいのだから、ややこしい中で毅然として立つしなやかな決意が一番重要なのであろう。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年9月16日 (火)

「魔法があるなら」 アレックス・シアラー PHP文庫

子どもの頃に「デパートに住んでみたい!!」と思ったことがあるあなたへ。この物語は、ホームレス寸前の母娘3人が、ロンドンの世界一素敵なデパート「スコットレーズ」でこっそり生活を始め、数々の危機を乗り越えて、最後はとんでもない事件に巻き込まれ・・・というユーモアとスリルに溢れた物語です。

しっかりものの姉リビーを主人公兼語り手に、物語は進行して行きます。閉店後のデパート内での暮らしぶりなんかがユーモラスに語られて、楽しさ一杯。筋書きが途中でちょっと読めてしまう嫌いはありますが、リビーの饒舌軽妙な語りと世間的には生活力ゼロのママの物事にこだわらない大胆で明るい発想に引っ張られて、どんどん読めてしまいます。最後はちょっと吉本新喜劇ばりの大団円で笑ってしまいますが、リビーの語り方がさりげなくイヤミがありません。さすがこの辺りはイギリス文学のうまさです。

ちょっと「アレ?」っと思ったのが、「スコットレーズ」が日曜定休って設定です。日本の百貨店では考えられませんが、イギリスでは普通なんでしょうか?ハロッズって日曜休みだったかなあ・・・。

ちなみに、夢を壊すようですけれど、実際の日本のデパートは閉店後空調が止まると、暑いか寒いかで居住性は最悪です。訳者の方も書いておられますが、やはり舞台は欧州の古き良き伝統がある百貨店でなければ、成り立ちそうもありませんね。日本のデパートももっと頑張って子どもたちが夢を見られるようなステージを作らなくちゃいけません。(自戒をこめて・・・)

良質な物語が持つパワーで、きっと明日への活力が生まれること請け合いです。私はシアラーはこの作品が初でしたが、上野樹里もシアラーファンなのだそうで、別の作品もぜひ読んでみたくなりました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年1月31日 (木)

「塵よりよみがえり」 レイ・ブラッドベリ

最初にブラッドベリと出逢ったのは、私がまだ中学生の頃に読んだ「ハロウィーンがやってきた」だった。この作家のお得意のテーマだけに、グイグイ引きこまれ、夜更かしして一気に読んだことを覚えている。私にとってハロウィーンのイメージは長い事このブラッドベリの小説と、「ピーナッツ」でカボチャ畑に座ってカボチャ大王の出現を待つライナス(とそれを驚かすスヌーピー)だった。

そして、上京して一人暮らしを始めた頃、「たんぽぽのお酒」と出逢った。当時時間は腐るほどあったので、この美しい文章をゆっくりゆっくり読んだ。カメラアイのように視点はくるくると変わるのだけれど、あまりビジュアル的な印象は残らず、風や気温や匂いや・・・そういった、視覚以外の五感で捕らえるものが、妙に印象に残る。そんな文章だと思った。余談だが、BGMとしては、XTCの「スカイラーキング」なんかが、おすすめ。

今回もブラッドベリの文体から受ける印象は変わらない。たんぽぽほど色彩が豊でもなく、ハロウィーンほど、ストーリが展開していかないが、やはり五感を刺激する文章は存分に味わえる。「たんぽぽのお酒」と同じ連作短編の集まりという構成なので、1編1編極上のアルマニャックでも飲むように、時間をかけて楽しむのが、おすすめ。「アイナーおじさん」と「オリエント急行は北へ」がマイフェバリット。と書いて自分も大人になったのかな?とちょっと思った次第。

カヴァーのイラストは、アダムズファミリーの生みの親、チャールズアダムスの手になるもので、良い雰囲気を醸し出しています。

「塵よりよみがえり」レイ・ブラッドベリ 中村融訳 河出文庫 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月29日 (火)

「思考の整理学」 外山滋比古 ちくま文庫

大学に入学して最初のレポートを書いたり、卒論の前に読んでおけばよかったなあと思える作品です。

タイトルどおり、着想をいかにして育て、まとめていくかを自身の体験に即してやさしく説いてくれます。

特に「智のエディターシップ」という考え方は、進歩的でよかったです。音楽の世界では、リミックスやDJの重要性は最早常識ですが、文学、論文などの世界では、まだまだ邪道なことなのかと思っていました。従来あるものを流用し、新しい価値を付加していくというエディターシップの考え方は、もっと若い頃に身に着けていれば、物事を考える時も、色んな味方ができるようになっていたかも知れないなと、ちょっとくやしい思いをしました。

ぜひ、頭が柔らかい若い世代に読んで欲しい本ですし、平易で美しい正確な日本語で書かれていますので、文章の参考にもなると思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月 2日 (火)

「整体から見る気と身体」 片山洋次郎

「整体から見る気と身体」 片山洋次郎 ちくま文庫

目からウロコの整体の本です。病気は経過するものだとかいう考え方は、西洋医学の観点に慣れた現代の私たちには、すごく新鮮に映ります。

病気は、体がバランスを取ろうとして、発症するものだというのは、現代のアレルギー疾患や自己免疫疾患の多さの原因を言い当てているように思えます。

社会のシステム自体が、体に合ったシステムに変わってゆくべきであるとか、もう「気」とか「整体」の範疇を遥かに凌駕した「哲学」の世界ですね。時期が時期なら、新たな哲学の学派になっていたかも?

平易なインタビュー風の文章で綴られていますので、とても読みやすいです。体のことがもっと身近に感じられますよ。ぜひ、お読みください。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2007年9月15日 (土)

「陰陽師 安倍晴明」 志村有弘

夢枕版の陰陽師は全然読んだことない私ですが、野村万斎の映画はテレビ放映を観ました。一時期はブームとなるほどでしたが、どのあたりが人気の秘密なんでしょうか?

私は今昔物語集なんかに登場するのは、知っていましたが、この本を読んで、謡曲などの題材として多く扱われ、古来から民衆の人気があったという事をしりました。特に信太の森のキツネの子であるという説話や、自宅にカミナリが落ちた大失態のエピソードは意外な一面でもあり面白かったです。

死者を蘇らせたりというスーパー陰陽師としての活躍は、中国の例えば封神演義などの影響が露骨に感じられ、ちょっと引いてしまいます。まあ、元々陰陽道は、中国からの舶来のものですから、当時の民衆には、中国風の演出がしっくりいったのでしょう。考えてみれば、日本でも人気の諸葛孔明に通じる所もありますね。秋の長雨には、平安京の夜の闇に思いを馳せてみてはいかがでしょうか?

角川ソフィア文庫 「陰陽師 安倍晴明」 志村有弘

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月13日 (水)

「ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ」 滝本竜彦 角川文庫

思えば大学生の時、私は「ひきこもり」寸前でした。もちろん当時そんな言葉はなかったし、実際にはちゃんと人並みに就職して、現在も会社に通っているのですから、何をか言わんということになるのですが・・・。

当時はパソコンなど個人で持っているヤツは稀だったし、インターネットなんて普及する前だったけれど、ファミコンはあった。発売されたばかりの「ドラゴンクエスト」に夢中だった。まだ、内臓バックアップ電池のないタイプ、そう「復活の呪文」を書き記すアレである。徹夜でドラクエして、書きとめた「復活の呪文」が間違っていたなんて日には、思わずファミコンを壊そうかと思うくらいだったが・・・。とにかく学校には行かなかった。

思えばこの物語の主人公山本陽介と同じで、どうにも自分の思い通りにならない世の中を現実のものとして受け入れる事がイヤだったのだろう。そんな少年にとってゲームやネットは格好の逃避場所だ。そして、大学生の私の前には、謎のチェーンソー男もそいつと戦う雪崎絵理のような美少女もついに姿を現さなかった。

夜な夜な現れる不死身のチェーンソー男と戦う陽介と絵理。チェーンソー男を「この世に哀しみを作り出している悪者」だと思い込んでいる絵理ちゃんのひたむきで真剣なところには、ホロリとさせられる。若者には世の理不尽さなんて容易には受け入れ難い。誰もヒーローになんてなれないし、本当の幸せなんて遠すぎて解らない。だから、解りやすい形での悪者が必要なのだ。それが不死身のチェーンソー男なのか、政府なのか、既成の価値感なのかは、それぞれなのだろう。

結局この世の中は楽しいことやいいことなんてほとんどなくて、でも、寄り添う人がいれば何とか過ごしていけると、まあネガティブハッピーって言葉の感触そのままに、なんだか不安定な二人はそれでも今は幸せなのだろう。

ゴチャゴチャと書き連ねてきたが、とても気楽に楽しく読める作品で、読後も清涼な感じが続く著者の青春の書。深読みしないで、笑って読むのが正解なんでしょうね。でもあまりにも自分の姿を見るようで、ついつい昔話を書いてしまった次第です。

私が引きこもりにならなくて済んだのは、高校時代にパンクの洗礼を受けていたおかげだと、ちょっと真剣に思っている。「NO FUTURE,NO CRY 未来は無いけど、泣いちゃダメだ」そう、何はともあれ歩いていかなくちゃ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年6月11日 (月)

「饗宴」 プラトン著 久保勉訳 岩波文庫

またまたプラトンです。前の「パイドン」のエントリーでも書きましたが、この人の文章の上手さ、構成の巧みさは、素晴しいです。哲学者にしておくのはもったいない(笑)。とにかくソクラテスをはじめ登場人物もみんあ魅力的に描けているし、「シンポシオン」ー共に飲むという宴会の雰囲気の中で語られる「エロス賛歌」はギリシア的な雰囲気に満ちています。史実に基づいているとはいうものの、プラトンの創作にかかる部分も多いでしょうから、やはりこの人の作家としての力量は並大抵ではありません。

特に私が感心したのは、ソクラテスの演説の中に、マンティネイヤの婦人ディオティマから聞いたという箇所が挿しはさまれているところです。いわば「入れ子」の構造になっていて演説の主旨をより効果的に表す事に成功しています。他の対話編と同様に、論理はわかりやすい平易な例から段々と抽象的霊的な領域に近づいていきます。現代の我々の考え方の基礎となっている論なので特に新奇さは感じませんが、無理のない論理の展開です。

「饗宴」は、「ソクラテスの弁明」や「パイドン」に比べると全体にハレの雰囲気を持っています。悲劇作者アガトンの作品が賞を得た祝いの宴会が舞台なので、当然かも知れませんが、人々の心を躍らせる「エロス」への賛歌がテーマになっていることも大きなファクターでしょう。「パイドン」とはうってかわったソクラテスの陽気な一面を見ることができます。プラトンが師との楽しい思い出を回想しながら、執筆した姿が浮かんできます。

「弁明」「パイドン」に比べると訳がちょっと古いのが、残念かも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月 4日 (月)

「測量船」 三好達治 講談社文芸文庫

太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。

次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。

この有名な詩「雪」が収録されているのが、昭和5年に発表されたこの「測量船」です。

私が読んだのは恐らく中学の時の国語の教科書に載っていたものですから、発表から50年は経過していたということになります。当時から詩の中では随一の知名度だったことでしょうが、2行からなるシンプルさゆえに、人それぞれに解釈を許してきたことでも、また随一の詩であることでしょう。

わたしは、雪がしんしんと降る夜、すべてが眠りについた山間の村を思い浮かべます。子どものころ生まれて初めて夜に降りはじめた雪を見た記憶(祖父の今夜は積もりそうだなという言葉や世界中の音が吸い込まれて行くような感覚やなにか)、そして雪が降り積もった翌朝の記憶を呼び起こす詩です。

で、この測量船には、モダニズムの影響を受けたような詩もたくさん収録されていて、作風の幅広さにはちょっと驚かされます。そばに置いておいて折に触れとりだして、朗読したい詩集です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月13日 (日)

「パイドン 魂の不死について」 プラトン

「パイドン 魂の不死について」 プラトン著 岩田靖夫訳 岩波文庫

久しぶりの文学のたび。プラトンが続きます。プラトン大好きになってしまいました。もちろんそこで語られるソクラテス像も。

このプラトンは高校の頃の現代社会とかでは「哲学者」として習うのですが、文筆家としての才能も素晴しいものがあると思います。原典で読んでるわけではないのですが、劇的な効果や格調高い文章などが感じられ文学として楽しく読める作品になっています。

内容は、死刑を宣告されたソクラテスが、せまりくる刑の執行の前に別れを悲しむ弟子達に向かって、魂の不死を証明してみせ、悲しむことなどないのだと訴えるというものです。

「魂の不死」についての議論では、ややツメが甘いところも感じられますが、ソクラテスの思想の「生きる」ということへの考えが深く反映されていて、ある種の感動を呼び起こします。

本当に、生きるとは、善とは、美とは、などという人間の根本の事柄について、真面目に語り合う姿は、今、この時代だからこそ私たちにもう一度必要なことなのではないでしょうか?小学校や中学校の授業でぜひ「対話」の授業を取り入れて欲しいものです。卑近な例から哲学的な根本の問題まで、対話をしながら相手の理解を確認しながら進めていくソクラテスのやり方は、「ディベート」などという論争に勝つことを目的とした論議とは根本的に違うものです。そこには、相手への愛情があり、人間はみんな「無知」で「不完全」であるという認識があります。

ソクラテスこそが、人類が持った不滅の先生であり、プラトンがその姿を理想的な形で伝えてくれているのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月 1日 (木)

「ソクラテスの弁明」 プラトン

これは本当におすすめなので、未読の方はぜひ読んでください!!

「世界文学のたび」とは言ってもギリシアはやはり思想関連も読んどこう!!と思って手に取ったプラトン。本書には「ソクラテスの弁明」「エウチュプロン」「クリトン」の3編が収められていますが、何で今までプラトンを読まなかったんだろうと後悔しましたよ。体裁は良く言われる「対話編」という形式で書かれていて、基本的にはソクラテスとエウチュプロンやクリトンの対話を書き記したものです。「ソクラテスの弁明」だけは、法廷でのソクラテスの弁明を記したものなので、基本的にソクラテスの独白になっています。

文章は非常に読みやすいです。ただし、言葉を正確に使おうとする点と、言葉を定義しながら話していこうとするソクラテスの方針からややまどろっこしい文章になっていますが、そこは慣れればまったく大丈夫でした。

この本で描かれているソクラテス像は、まったくの真実ではないのかも知れませんが、極端なフィクションでもないでしょうから、本当に「知者」と呼ぶにふさわしい人物だったと思います。有名な「無知の知」もソクラテスの独白に沿って読んでいくとすんなりと心に入ってきます。

また、死刑の決まったソクラテスに国外逃亡を勧めに来たクリトンに対して、ソクラテスが理路整然といかに間違った判決であっても国法に従って死ぬことが正義なのだと論証する「クリトン」は、このように簡略化して書くと冷血な感じがしますが、ソクラテスがクリトンの好意に非常に感謝し、気を使いつつも自分の正義を貫き通すことを親しい友人であるクリトンにも心の底から賛同して欲しいとの気持ちからこんこんと湧き出す言葉であり、私は素直に感動いたしました。

この「クリトン」の緊迫した状況での対話など、プラトンの文筆家としての力量はかなりのものだと思います。先のイエスもそうですが、人類の歴史の最初の頃にこのような素晴しい人物達が出てくれたことによって、現在の我々の正義観だとか愛の観念とかがあるのだと思うと、はるかな歴史上の人物が意外と身近に見えてきます。

「ソクラテスの弁明 エウチュプロン/クリトン」 プラトン 山本光雄訳 角川文庫

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月27日 (火)

「イエス伝 マルコ伝による」 矢内原忠雄

イエスの生涯に初めて触れたのは、大学1年の時の夏休みのレポートで読んだ遠藤周作の「私のイエス」という本ででした。そこには抹香くさい厳かなイエスではなく、世界の変革のために情熱的に生き抜くイエスの姿が描かれていました。

この矢内原さんのイエス伝にも生き生きとした人間イエスの姿が描かれています。海のように広い愛と炎のような情熱を湛えて、孤独な一生を走る抜けていったイエス。それまで個人的、相対的な感覚だった「愛」を人類普遍の概念に昇華させた人物という捉え方は、あるいは飛躍に過ぎるでしょうか?イエス以前の世界に「私はこの世界を愛している」などと言う人はいなかったのではないでしょうか?

本の中に活写されたイエスの姿に導かれて、思索は遥かな彼方にまで及んでいきます。

角川ソフィア文庫

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月23日 (金)

「知っておきたい日本の神様」 武光 誠

日ごろいろんな神社を巡ってお参りしたりするのは、大好きなんですが、どの神社にどんな神様が祀られているのかは、あまりくわしく知らないし、お参りした時にご祭神をみてもどんな神様だかわからなかったりして、手軽な参考書を探していたのです。

この本は神社めぐりの参考書としても、神道の基本的な知識の入門書としても最適だと思います。お稲荷さんや天神様、八幡様のご祭神って意外と知らないでしょ?あと九州生まれの私は東京にやたらと「氷川神社」があるのが不思議だったんです。九州では全然見かけたことがなかったのに・・・。とそんな疑問も解決できます。

ロハス(って言葉キライですけど)な生活をして自然に対し敬意を表することを覚えると、自ずから汎神論的な、つまり色んな動植物や自然現象に人智を超えた力の存在を感じるようになると思うのです。そしてその精霊達を擬人化して発生の系統をつけていくと、これはもう神話になるわけですね。人間とおなじように怒ったり笑ったりして、踊ったり飲んで騒いだりするのが大好きな八百万の神々とともに暮らすのは、心が豊になることだと思うのですが。

角川ソフィア文庫

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年2月19日 (月)

「電子の星 池袋ウエストゲートパークⅣ」

IWGPシリーズの4作目。テレビの長瀬の演技が好きで、本は後追いで読み始めたのだけれど、文章のスピード感とドライとウェットのバランスが絶妙で、(最近はマコトが歳をとったせいかちょっとウェットに流れる傾向があるけど)文庫を見かけると買って読むシリーズになっております。

今回も東京の旬を切り取った素材が並んでサービスたっぷり。

Gボーイズから足を洗ったツインタワー1号2号が開いた気合系新興ラーメン店へのネット中傷の犯人を探し出す「東口ラーメンライン」、上野のGボーイズのヘッドが西口公園で通り魔に殺された事件の顛末を追う「ワルツ・フォー・ベビー」、東南アジア出身の少年街娼とその家族の事件「黒いフードの夜」、合法すれすれで営業する超高級過激地下SMクラブを叩く「電子の星」等いかにもスポーツ新聞やニュースショウなどで面白おかしく取り上げられそうな刺激的な内容なのだが、視点はそれらのマスコミとはまったく逆で、実はそこには都市の中で一生懸命生き抜こうとする者への愛がたたえられている。

街は生きている。恐らく西一番街のマジマフルーツの店先に座っているマコトには、その鼓動が聞こえているのだろう。そして目の前のストリートを横切って行く、この街の住人達に愛を感じているに違いない。もちろん昔の下町ではないのだから、スタイルはドライだ。街で生きることはそんなに甘いことではない。だけど一生懸命生きようともがいている人間をなんとか助けてやりたいという気持ちは、自分の街が好きだという感覚と通じるところがあるのではないかと思うのだ。

渋谷人の私にとって池袋は得体の知れない怖い街だ。夜の北口のあたりなど人気が少なくて周りを気にしながら歩いてしまうほどだ。東池袋の一角なども、路地を曲がった瞬間に空気がガラリと変わることがあり、成熟した一種ずるいソフトさを身に着けた渋谷・新宿とは違い、むき出しの禍々しさがある街だ。

だからこそこのような若々しい視点の「街」を主人公にしたヒットシリーズが生み出されるのだろう。池袋の東京の今を切り取るこのシリーズが今後も続くことを祈る。ちなみに石田衣良の他の作品は、好きじゃないんですよ。このマコトが非常に魅力的なのは、長瀬の力もあるのかな?

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年2月 8日 (木)

「氷の海のガレオン」 木地雅映子

子どもの頃あなたはどんな子どもでしたか?学校は好きでしたか?私は、学校が大嫌いでした。特に小学校の間は、こんなことして何の価値があるんだろうと漠然と思っていました。そうこの物語の主人公斉木杉子のように・・・。

お話は小学校6年生の杉子を主人公に進んでいきます。ちょっと他の人たちとは変わった両親に育てられ同級生たちとの違いに悩む杉子。そんな杉子は、当時の私などからしたらとてつもなく毅然としていて、カッコ良さを感じます。だけどやっぱりまだ思春期の子どもなんだから、相当思い悩むわけです。そしてその悩みを打ち明けられる母親も自分も通ってきた道であり、また現在も世の中に対して同じような感覚を抱いていて、確固とした解決方法を示してやることは難しい。学校における杉子の唯一の理解者の多恵子先生もそんな杉子の姿を見て、子どもの出産に悩むというエピソードもあります。

本当に学校ってなんだったんだろう。家庭から社会へ向かうための通過儀礼?社会は本当に甘くなくてあらゆる面で周囲を折り合いを付けていかなければなりません。自分を振り返っているとそのキーワードはやっぱり「友達」だったような気がします。チャリンコに乗って一緒に遠出して、暗くなるまで遊んで家に帰る。そんな友達がいるからこそ学校が楽しくなり、社会というものを少しずつ理解し始めたんだと思います。

男の子と違って女の子は「友達」という感覚も難しいものがあるのかな?物語の中でも弟のスズキは、友達を家に連れてきたり中々いい傾向をしめしているのですが・・・。だったら男の子でもいいと思うんだけど・・・。一緒に人生を語り合ったりとかできる男の子がきっといるハズ。

途中からは杉子がまるで自分の娘のように心配になってきました。実際に自分の娘がこのような悩みを抱えたときに親は何をしてやれるのだろうか?解決の方法はそれぞれが自分で会得しなければいけないことは、直感的にわかるので、だったら、一緒に悩んであげることが、唯一の方法なのかな?親はいずれにしてもベースを作ってやることだけが仕事でしょうね。この本で言うと「氷の海に乗り出すためのちっぽけな木造船を用意してあげることでしょうか。

「書を捨てよ町へでよう」とは寺山修司の言葉ですが、時がきたら海図もなく羅針盤もあてにならない氷の海へ乗り出し、すなわち街中でひとりで雨に打たれたり、淋しさに押しつぶされそうになったり、空腹をかかえてうそぶいたりしながら、生きたコミュニケーションを獲得するのかも知れませんね。

「氷の海のガレオン/オルタ」 木地雅映子 ピュアフル文庫

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月 1日 (木)

「ダフニスとクロエー」 ロンゴス

「ダフニスとクロエー」 ロングス作 岩波文庫

えーっと世界文学の旅の再開です。

これは、いわゆる「ギリシア小説」というカテゴリになるらしいのですが、成立は2世紀後半から3世紀前半というので、ローマ時代になりますか。サッフォーの故郷レスボス島を舞台とした、少年少女の牧歌的な恋の物語です。本当に牧歌的な世界と美しい恋が描かれていて、読んでいて心がホッとします。

三島由紀夫の「潮騒」はこの物語を下敷きとして書かれたようで、そういえば潮騒の舞台である神島を訪れたときに、かみさんが旅行で行ったことがあるギリシアの景色に似ていると言っていたのを思い出しました。玉石を敷き詰めた路地の雰囲気や優雅なしぐさの野良猫が多いところが似ているんだとか・・・。それはさておき、神島は神島でどこか郷愁を感じさせ、本来海洋民族が持っている血の記憶を呼び起こす原風景のような何かがあるという感じを受けました。

ニンフやパーン(牧神)への信仰がきわめて自然な日常のこととして描かれており、親しめる神とともにある生活は、私の理想でもあるので、おおいなる憧れを感じます。この物語をモチーフとしたシャガールの連作絵画などもあるようで、自然でおおらかな性描写とともに、タフな現実に向き合わなければいけないすべての現代人のための童話として、ぜひおすすめしたい小品です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月14日 (木)

「オイディプス王」 ソポクレス

正に血の宿命を感じさせる名作中の名作悲劇。「エディプスコンプレックス」は、世の男性全員にかけられた呪いなのか?

世界文学のたびは、旅人(海鳥本人)の仕事が忙しいにも関わらず意外と順調に進んでいます。

紀元前5世紀のアテナイ最盛期に活動した悲劇作家のソポクレスの代表作で、作品を読んだことがなくても「エディプスコンプレックス」という言葉は聞いたことがある人は多いでしょう。男の子は無意識の中で自分の母親を我が物にしたい欲望を持っているというアレです。

物語は、テバイの王オイディプスが、先王の殺害犯人の探索を命じることから始まります。この作品は悲劇つまり戯曲の形式をとっているので、登場人物のセリフと合唱隊(コロス)による歌で進行していきます。不吉な予言の謎解きが、張り詰めた緊張感の中で、刻々と進んでいく様は圧巻です。しかも真実の暴露は、もっぱらオイディプスの疑念を晴らそうとする周囲の人物達の善意によって引き起こされるところも、皮肉というかこの悲劇のすぐれた点でしょう。

ハーバード大学でセリフも古代ギリシア語をもちいて、完全な復元上演が行われたことがあるそうですが、非常に好評だったようです。セリフは日本語で構わないので、合唱つきの舞台でみてみたいものですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月 7日 (木)

「神統記」 ヘシオドス

さてさて、ホメロスからちっとも前に進めない世界文学の旅。ギリシア文学についての基礎知識などもおさらいしたりして、時間がかかっていますが・・・。

そしてこのわたしに 育ちのよい月桂樹の若枝を手折り

それをみごとな杖として授けられ わたしの身のうちに

神の声を吹きこまれたのだ これから生ずることがらと

昔起こったことがらを賛めうたわせるように。

ヘシオドスの「神統記」も基本的には、聴衆の前で吟じられた作品であるわけで、文字で読むのと古代ギリシア語の吟誦で聞くのとでは、大きな違いがあるのだろう。実際にヘシオドスは、詩の競技会で優勝し、賞品にもらった鼎(かなえ)をヘリコン山の神殿に奉納したと歌っている。

物語は、天地開闢から、様々な系譜の神々の出現を経て、ゼウスが世界の支配者となる過程をゼウスの正当性を主張しながら展開される。ゼウスの全知全能ぶりが、表現されていて、作者の見解というか個性が色濃くでた内容と目されているようだ。

一番最初にヘリコン山のムウサ(詩歌女神)への讃歌があり、その中で自分は女神達から真実を語る能力をさずかったと歌っている。神々へ捧げられる口頭詩の力強さが、古代への憧れを呼び覚ます。リズムの良さと力強さが、ともすれば冗長になりがちな神々の系譜の羅列の部分も読みやすくしている。神楽や能を観る感覚であまり違和感なく楽しむことができました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月 7日 (月)

「奇跡も語る者がいなければ」 ジョン・マグレガー 新潮社

生きている人の数だけ物語がある。その全てを知り、すべてに関わることは、神にしか許されないことだろうか。すぐ隣のドアの中でとてつもなく劇的な人生が展開されているのかも知れないのだが、仮にそこで奇跡が起こったとしてもそれは永遠に語られる事のない物語なのだろうか。

私たちは、この現代と言うシステムの中で生きている。そして、色んなコミュニケーションを欲している。携帯電話の爆発的な普及やインターネットの普及は不特定の人との「つながり」を求めての事なんだと思う。もちろん現実は甘くなく、ここにも「現代」同様色んな落とし穴が潜んでいるのだが・・・。

この小説はイギリスのある町のある通りに住む人々の一日を3人称で描く部分と主人公の女の子の1人称の語りの部分とで出来ている。特に人々の様子は、「カメラアイ」ともいうべきドライで精緻な描写で綴られており、読み応え充分だし、物語の正にラストで、題名の謎が解かれる部分もあまり構えることなく、描写されていて、その上手さに思わずうなってしまった。

登場人物のひとりであるドライアイの男の子が、他者との繋がりを求め、この現在を写真で切り取ったり、色んなガラクタを集めてたりして、何とか保存しようとする姿は、正にブログを運営し、様々な自身の記録を残し、知らない人たちにTBやコメントをする自分の姿とダブッて見える。いや、現代に生きる多くの人々が潜在的に持っている他者との繋がりを求め、けれど叶えられない姿を描き出しているのだろう。

いつの日かインターネットの普及により、すべての物語が、奇跡が語られる日がやってくるのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年4月17日 (月)

「タマスターラー」タニス・リー

耽美的な作風で知られるタニスリー。本書はインドを舞台にしたファンタジーです。

今までタニスの作品は「ゴルゴン」と「白馬の王子」を読みましたが、ファンタジーでは好きな作家のひとりです。「タマスターラー」は、インドを舞台に、現在から過去未来と時空を超えた物語が展開されます。インドが舞台のせいか、輪廻転生など微妙にクロスする「ふたつの生」を扱った物語が印象に残りました。

中で一番印象に残ったのは、連作の最後を飾る表題作「タマスターラー」。これは、輪廻転生の物語。よく言われる「カルマ」の概念がわかりやすく解説されていますが、クシャトリヤ(戦士階級)は転生してもクシャトリヤというのは、東洋人の私から見ると「業」を感じさせます。

「運命の手」は、別々の生を生きる同じ魂の物語。魅力的なプロットですが、途中の展開や結末はホントに意外で、先が読めません。華麗な筆で描き出される物語は、人生の無常を感じさせます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年3月15日 (水)

「イリアス」ホメロス

 「世界文学のたび」最初はギリシアの大叙事詩、「イリアス」。映画「トロイ」で描かれたトロヤ戦争の世界を描いた物語です。もともとは口承文学を文字に起こしたものらしいので、枕詞や常套句が繰り返し出てきて、なかなか面白いです。

全篇のほとんどが戦闘の場面なのですが、アキレウスの心の動きやヘクトルの最期などは、かなりの迫力ですね。「トロイ」見とけばよかったなあ。

なにしろ紀元前の物語なので、ちょっと冗漫なところはありますが、面白く読めます。ホメロスはもう一編くらい読んでみようかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月30日 (金)

バーティミアスⅢ プトレマイオスの門

昨年、第一巻の「サマルカンドの秘宝」と出会い、ほとんど10時間くらいぶっ続けで読んで、次の日には2巻目の「ゴーレムの眼」を買って、またまた徹夜して読みました。そして、1年間待ち焦がれた3作目。ホントにやめられない楽しさです。展開のスピード感と痛快さは、子どもの本にしておくのは、もったいない。というか階級闘争や腐敗した政府とかかなりシビアな現実が描かれたり、割と残酷なシーンがあったりと、本当に児童書?って感じですが、面白ければそれでよいのです。普通にSFを読む感覚で楽しめます。

魔法を扱った物語のため「ハリーポッター」シリーズと比較されやすいのでしょうか。でも、大人が読んだときの楽しさは、こちらのほうが数段上でしょう。主人公(?)のバーティミアスは、いわゆる妖霊(ジン)。シュメールの時代から歴史に顔を出すベテランでソロモン王と話し、プラハの城壁も築いた大物。これに、幼いのにプライドと上昇志向がやたら強い魔術師のナサニエルと不思議な少女キティがからみ、魔術師が政府の要職を牛耳る現代のイギリスを舞台に、サスペンス・ミステリータッチでストーリーは進行します。アメリカ植民地での独立運動やプラハを中心とした欧州諸国との魔法による戦争、一般人の魔法使いへのレジスタンス運動など、複雑な背景、世相と社会の閉塞感がしっかり描かれていて、作者の力量を感じます。その社会のなかで、重荷を背負って成長していくナサニエルとキティ。様々な国々の栄枯盛衰を見守ったバーティミアスの達観した視点も素晴しいし、なにより悪漢ぶりがカッコイイ。語り手がバーティミアスの部分には、バーティミアス自身の脚注がたくさん付いていて、これを拾って読むだけでも面白いです。

作者は、魔術に対する造詣が深いようで、イスラームから中世ヨーロッパあたりの魔術の流れが反映されていて、歴史好きも納得できる感じです。グラッドストーン魔術師説は、初めて知りましたが、イギリスでは、ポピュラーな説なのでしょうか?あっちの世界へ行ってバーティミアスに色々な民族の呪術を聞いてみたいものです。

| | コメント (2) | トラックバック (2)

2005年12月 2日 (金)

グレアムグリーン「権力と栄光」

 すごい満足感。巨匠の最高傑作の誉れ高い名著なんですが、さすがの筆力と構成力。重いテーマながら、一気に読んでしまいました。

時は1930年代のメキシコ。共産主義政府のカトリック弾圧により司祭たちは、逃げるか宗教を捨てるかし、教会も司祭もいなくなった空白地帯で、官憲から身を隠しながらミサをほどこす主人公の司祭。これが、一見宗教的な聖徒に見えるが、実は私生児を設け、行く先々でブランデーをねだる破戒坊主という聖と俗を併せ持つ魅力的な人物なのです。

原題は「The Power and the Glory」で、「神の力と栄光」という意味でしょうが、邦題はちょっといただけないかな?最近グリーンを読んだり、音楽ではメシアンにはまったりしておりまして、やはり聖書はもう一度改めて読み直さないといけないあかなあと痛感しております。学生の時に大学の授業で習いましたが、あまり身になっていないですね。どうしても西欧のものを深く理解しようとするとキリスト教は避けて通れませんね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月16日 (水)

「神紀行1」 江原啓之 

最近気になってるのが「オーラの泉」で美輪明宏と出演しているスピリチュアルカウンセラーの江原啓之。その江原さんが各地の神社をめぐり紹介するのが本書です。第一巻は伊勢、熊野、奈良。第2巻は出雲、広島、四国と続きます。

昔から神社ヒーリングには大変興味を持っていて比企理恵さんの神社ヒーリングの本なども読みましたが、この手の本は割りと本屋の端っこに地味においてあるんですが、江原さんのは渋谷のブックファーストで山積みになっていました。人気なんですねー。

これから神社ヒーリングを始める方には、おすすめの1冊です。

江原啓之さんのページ http://www.ehara-hiroyuki.com/index.php

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月10日 (木)

「ラストホープ」 浅暮三文

いわゆるコメディタッチのクライムノヴェル。釣具店を経営する元宝石泥棒のコンビの元へ、不思議な依頼ファックスが届く。「病床の父のために多摩川の尺山女魚が欲しい。一匹2万円で買い取ります。」という内容。半信半疑のふたりが、指定された取引の場所へ行くと・・・あれよあれよという間に様々な騒動が起こり、物語は意外な結末へ・・・。

うーん。ミステリー好きとしては、ちょっと不満が残るかなあ・・・。でも釣り好きの方にはおすすめ。って私フライはよくわからんけど・・・ちなみに「ラストホープ」っていうのも、フライの名前らしいです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年11月 2日 (水)

グレアムグリーン「二十一の短篇」

ハヤカワepi文庫から、グレアムグリーンセレクションが刊行されている。グリーンの作品は「第三の男」と「情事の終わり」を読んだことがあり、好きな作家のひとり。「第三の男」は映画も良かった。けっしてサラリと読めるような作品ではない。けれど小説を読む楽しみを充分に満足させてくれる作品だ。

本編はタイトルどおりの短編集。いずれも深い味わいのものばかり。特にお気に入りを紹介すると・・・

「ブルーフィルム」ベトナムへ妻と旅行に行った男が、いわゆる裏物の映画を見に行く。そこで思いがけず、昔、自分が当時の恋人と出演したブルーフィルムを見るハメになる・・・。

「淫売を愛するなんて、そんなことは誰にもできないことよ」

「いや、できるさ。そこのところは誤解しないでもらいたいね」

「列に並んで順番を待っても」

「いやな言い方をするね」とカーターは言った。

「で、彼女はどうなったの?」

「消えてしまった。彼女たちはいつも消えちまうのさ」

その他にも、サスペンスありスリラーあり、多彩な短編集。秋の夜長におすすめです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月28日 (水)

あやし 宮部みゆき

個人的には、女流作家の作品は読めないんですよ。途中でつらくなって投げ出す事が多い。海外モノならジョアン・ハリスの2作「ショコラ」と「ブラックベリーワイン」はとても楽しく読めたし、長くお気に入りでもあったのだけれど、和製はダメ。唯一の例外がこの宮部みゆき。思うに私は都筑道夫のファンで、「なめくじ長屋」は特に大好きなシリーズなので、その辺りの関係かも知れませんが・・・

何よりも、その文体がキリリとして歯切れが良いのが気持ちいい。お江戸の話を書こうっていうんだから、語り口がまわりくどくっちゃいけない。仕立てはお江戸を舞台にした連作の怪談なのだけれども、ひとの心の闇、一瞬の揺らぎ、そこにスルリと入り込んでくる怪異の描き方が抜群で、お化けの話というよりは、人間の情のせつなさがぐっとせまってくる。特に「布団部屋」と「女の首」は愛情にあふれており、何度も読み返してしまった。宙に浮いたままの謎が残る「居眠り心中」「時雨鬼」もいい話だ。秋の夜長のそれも秋雨のそぼ降る夜には、最適です。

| | コメント (0) | トラックバック (1)