カテゴリー「最近読んだ本」の29件の記事

2014年9月23日 (火)

「猫語の教科書」 ポール・ギャリコ ちくま文庫

ちょっと前にテレビのCMで、かわいい子ネコちゃんのあどけない表情にかぶせて「パンケーキまだですか?」ってナレーションが入るのがありました。
子猫の表情があまりにかわいくって、思わず微笑んでしまうCMでしたが、
この本を読むと、なにか裏があるんじゃないかと思わず疑い深くなってしまいます。

ネタバレになるといけないので、あまり詳しくは書きませんが、内容は(恐らく)メスの猫ちゃんによる猫のための「人間のしつけ方」指南書です。

これが面白いんです。

で、男の私は、女性がちょっぴり怖くなりました。

理由は・・・・ぜひ、この本を読んでください。

ポール・ギャリコは「スノーグース」や「七つの人形の恋物語」などを読んだことがありますが、とても面白く一気に読ませる技量を持った作家ですね。

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2014年5月18日 (日)

「里山資本主義」を読んで

いやはや、ご無沙汰しております。

最近、藻谷浩介さんとNHK広島取材班の「里山資本主義」という角川ONEテーマ21という新書のシリーズで出している本を読みました。

「里山」や「谷戸」という言葉は、私を含む多くの同年代の日本人にとって、心の故郷というか、日本の原風景として思い浮かべる情景ではないでしょうか?
過去には今森光彦さんの琵琶湖岸の里山の写真集が大ヒットしたり、都会暮らしの人にとっては、憧憬の対象にもなっていると思います。

また、東日本大震災を期に、この本で言う「マッチョな経済」いわゆる大量に生産し、大量に消費するタイプの経済の落とし穴に気付いた人も多いと思います。

この本は、そんな人のための、現代のマネー資本主義社会の閉塞感に風穴を空ける方法が日本古来の里山の暮らしであり、すでにそれを実践している地域と大勢の方がいる事を教えてくれます。

進んでいると思っていた都会が実は一番危うく、遅れているのかも知れません。

これからを楽しく不安なく地に足をつけて生きていくための人生を変えるヒントがたくさん詰まった本です。(私には少なくともそう思えました)イデオロギー的に大上段に構えていない所も好感が持てます。

今の生活、これでいいのだろうか?将来の年金が不安だ等悩んでいる方は、ぜひ、読んでみてください。きっと灯りが見えてくると思います。

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2008年10月 7日 (火)

「西の魔女が死んだ」 梨木香歩 新潮文庫

今年映画化されて、ちょっとした評判になっていたので、映画をご覧になった方も多いかと思いますが、私は映画は見ていません。

元々、ジョアンハリスの「ショコラ」や「ブラックベリーワイン」のような物語が好きで、本屋さんのおすすめコーナーにあったこの本を手に取ったのです。

しかし、この現代の日本という国は、なんと生きづらい場所であることか!!それは魔女にとっても同じこと。

本来は、キリスト教の影響が強いフランスのほうが、何かと邪教的な考え方は排斥される対象となる、あるいはそこまでいかなくても、地域社会の中で孤立させられる存在となりやすいのでしょうけど、本当は、八百万の神々が存在し、家の中のあらゆる物に精霊(妖怪)を見出してきたはずの日本のほうが、魔女にとっても住みづらい場所だとは・・・。

主人公まいのパパもママもいいヒトなんだろうけど、後ろに不幸な日本のシステムを背負っている。まいの悩みは私たちの悩みだ。老人であるおばあちゃんは、もう戦うことをしない。まいに戦いの心得を伝えるという役割を果たしている。最後におばあちゃんの魔法で、まいのココロの葛藤が見事に解けるシーンは感動的だが、やはりまいの戦いはこれからも限りなく続くのであって、なんとなく重さを背負わされたまま、物語が終わる感じにはなってしまう。

続編の「渡りの一日」では、ちょっと成長した力強いまいを私たちは見ることができる。まさに「ショコラ」のヴィアンヌのように風の中にすっくと立つことができる女性に向かって、歩き出したまいの姿を見て、私たちは安堵するとともに、この駆け出しの魔女に声援を送りたくなる。そして、それは、悲しみのシステムの中で生き続けなければならない自分への声援にほかならないのであろう。

ショコラのどこか御伽噺のような世界と比べるといささか現実的に過ぎるきらいはあるけれども、ロハスとかそんなことで片付けては、やっぱりいけない。かといってシブリのような安易な汎神論もどうかと思う。そもそも「社会的な生物」という人間の定義自体がややこしいのだから、ややこしい中で毅然として立つしなやかな決意が一番重要なのであろう。

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2008年9月16日 (火)

「魔法があるなら」 アレックス・シアラー PHP文庫

子どもの頃に「デパートに住んでみたい!!」と思ったことがあるあなたへ。この物語は、ホームレス寸前の母娘3人が、ロンドンの世界一素敵なデパート「スコットレーズ」でこっそり生活を始め、数々の危機を乗り越えて、最後はとんでもない事件に巻き込まれ・・・というユーモアとスリルに溢れた物語です。

しっかりものの姉リビーを主人公兼語り手に、物語は進行して行きます。閉店後のデパート内での暮らしぶりなんかがユーモラスに語られて、楽しさ一杯。筋書きが途中でちょっと読めてしまう嫌いはありますが、リビーの饒舌軽妙な語りと世間的には生活力ゼロのママの物事にこだわらない大胆で明るい発想に引っ張られて、どんどん読めてしまいます。最後はちょっと吉本新喜劇ばりの大団円で笑ってしまいますが、リビーの語り方がさりげなくイヤミがありません。さすがこの辺りはイギリス文学のうまさです。

ちょっと「アレ?」っと思ったのが、「スコットレーズ」が日曜定休って設定です。日本の百貨店では考えられませんが、イギリスでは普通なんでしょうか?ハロッズって日曜休みだったかなあ・・・。

ちなみに、夢を壊すようですけれど、実際の日本のデパートは閉店後空調が止まると、暑いか寒いかで居住性は最悪です。訳者の方も書いておられますが、やはり舞台は欧州の古き良き伝統がある百貨店でなければ、成り立ちそうもありませんね。日本のデパートももっと頑張って子どもたちが夢を見られるようなステージを作らなくちゃいけません。(自戒をこめて・・・)

良質な物語が持つパワーで、きっと明日への活力が生まれること請け合いです。私はシアラーはこの作品が初でしたが、上野樹里もシアラーファンなのだそうで、別の作品もぜひ読んでみたくなりました。

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2008年1月31日 (木)

「塵よりよみがえり」 レイ・ブラッドベリ

最初にブラッドベリと出逢ったのは、私がまだ中学生の頃に読んだ「ハロウィーンがやってきた」だった。この作家のお得意のテーマだけに、グイグイ引きこまれ、夜更かしして一気に読んだことを覚えている。私にとってハロウィーンのイメージは長い事このブラッドベリの小説と、「ピーナッツ」でカボチャ畑に座ってカボチャ大王の出現を待つライナス(とそれを驚かすスヌーピー)だった。

そして、上京して一人暮らしを始めた頃、「たんぽぽのお酒」と出逢った。当時時間は腐るほどあったので、この美しい文章をゆっくりゆっくり読んだ。カメラアイのように視点はくるくると変わるのだけれど、あまりビジュアル的な印象は残らず、風や気温や匂いや・・・そういった、視覚以外の五感で捕らえるものが、妙に印象に残る。そんな文章だと思った。余談だが、BGMとしては、XTCの「スカイラーキング」なんかが、おすすめ。

今回もブラッドベリの文体から受ける印象は変わらない。たんぽぽほど色彩が豊でもなく、ハロウィーンほど、ストーリが展開していかないが、やはり五感を刺激する文章は存分に味わえる。「たんぽぽのお酒」と同じ連作短編の集まりという構成なので、1編1編極上のアルマニャックでも飲むように、時間をかけて楽しむのが、おすすめ。「アイナーおじさん」と「オリエント急行は北へ」がマイフェバリット。と書いて自分も大人になったのかな?とちょっと思った次第。

カヴァーのイラストは、アダムズファミリーの生みの親、チャールズアダムスの手になるもので、良い雰囲気を醸し出しています。

「塵よりよみがえり」レイ・ブラッドベリ 中村融訳 河出文庫 

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2008年1月29日 (火)

「思考の整理学」 外山滋比古 ちくま文庫

大学に入学して最初のレポートを書いたり、卒論の前に読んでおけばよかったなあと思える作品です。

タイトルどおり、着想をいかにして育て、まとめていくかを自身の体験に即してやさしく説いてくれます。

特に「智のエディターシップ」という考え方は、進歩的でよかったです。音楽の世界では、リミックスやDJの重要性は最早常識ですが、文学、論文などの世界では、まだまだ邪道なことなのかと思っていました。従来あるものを流用し、新しい価値を付加していくというエディターシップの考え方は、もっと若い頃に身に着けていれば、物事を考える時も、色んな味方ができるようになっていたかも知れないなと、ちょっとくやしい思いをしました。

ぜひ、頭が柔らかい若い世代に読んで欲しい本ですし、平易で美しい正確な日本語で書かれていますので、文章の参考にもなると思います。

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2007年10月 2日 (火)

「整体から見る気と身体」 片山洋次郎

「整体から見る気と身体」 片山洋次郎 ちくま文庫

目からウロコの整体の本です。病気は経過するものだとかいう考え方は、西洋医学の観点に慣れた現代の私たちには、すごく新鮮に映ります。

病気は、体がバランスを取ろうとして、発症するものだというのは、現代のアレルギー疾患や自己免疫疾患の多さの原因を言い当てているように思えます。

社会のシステム自体が、体に合ったシステムに変わってゆくべきであるとか、もう「気」とか「整体」の範疇を遥かに凌駕した「哲学」の世界ですね。時期が時期なら、新たな哲学の学派になっていたかも?

平易なインタビュー風の文章で綴られていますので、とても読みやすいです。体のことがもっと身近に感じられますよ。ぜひ、お読みください。

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2007年9月15日 (土)

「陰陽師 安倍晴明」 志村有弘

夢枕版の陰陽師は全然読んだことない私ですが、野村万斎の映画はテレビ放映を観ました。一時期はブームとなるほどでしたが、どのあたりが人気の秘密なんでしょうか?

私は今昔物語集なんかに登場するのは、知っていましたが、この本を読んで、謡曲などの題材として多く扱われ、古来から民衆の人気があったという事をしりました。特に信太の森のキツネの子であるという説話や、自宅にカミナリが落ちた大失態のエピソードは意外な一面でもあり面白かったです。

死者を蘇らせたりというスーパー陰陽師としての活躍は、中国の例えば封神演義などの影響が露骨に感じられ、ちょっと引いてしまいます。まあ、元々陰陽道は、中国からの舶来のものですから、当時の民衆には、中国風の演出がしっくりいったのでしょう。考えてみれば、日本でも人気の諸葛孔明に通じる所もありますね。秋の長雨には、平安京の夜の闇に思いを馳せてみてはいかがでしょうか?

角川ソフィア文庫 「陰陽師 安倍晴明」 志村有弘

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2007年6月13日 (水)

「ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ」 滝本竜彦 角川文庫

思えば大学生の時、私は「ひきこもり」寸前でした。もちろん当時そんな言葉はなかったし、実際にはちゃんと人並みに就職して、現在も会社に通っているのですから、何をか言わんということになるのですが・・・。

当時はパソコンなど個人で持っているヤツは稀だったし、インターネットなんて普及する前だったけれど、ファミコンはあった。発売されたばかりの「ドラゴンクエスト」に夢中だった。まだ、内臓バックアップ電池のないタイプ、そう「復活の呪文」を書き記すアレである。徹夜でドラクエして、書きとめた「復活の呪文」が間違っていたなんて日には、思わずファミコンを壊そうかと思うくらいだったが・・・。とにかく学校には行かなかった。

思えばこの物語の主人公山本陽介と同じで、どうにも自分の思い通りにならない世の中を現実のものとして受け入れる事がイヤだったのだろう。そんな少年にとってゲームやネットは格好の逃避場所だ。そして、大学生の私の前には、謎のチェーンソー男もそいつと戦う雪崎絵理のような美少女もついに姿を現さなかった。

夜な夜な現れる不死身のチェーンソー男と戦う陽介と絵理。チェーンソー男を「この世に哀しみを作り出している悪者」だと思い込んでいる絵理ちゃんのひたむきで真剣なところには、ホロリとさせられる。若者には世の理不尽さなんて容易には受け入れ難い。誰もヒーローになんてなれないし、本当の幸せなんて遠すぎて解らない。だから、解りやすい形での悪者が必要なのだ。それが不死身のチェーンソー男なのか、政府なのか、既成の価値感なのかは、それぞれなのだろう。

結局この世の中は楽しいことやいいことなんてほとんどなくて、でも、寄り添う人がいれば何とか過ごしていけると、まあネガティブハッピーって言葉の感触そのままに、なんだか不安定な二人はそれでも今は幸せなのだろう。

ゴチャゴチャと書き連ねてきたが、とても気楽に楽しく読める作品で、読後も清涼な感じが続く著者の青春の書。深読みしないで、笑って読むのが正解なんでしょうね。でもあまりにも自分の姿を見るようで、ついつい昔話を書いてしまった次第です。

私が引きこもりにならなくて済んだのは、高校時代にパンクの洗礼を受けていたおかげだと、ちょっと真剣に思っている。「NO FUTURE,NO CRY 未来は無いけど、泣いちゃダメだ」そう、何はともあれ歩いていかなくちゃ。

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2007年6月11日 (月)

「饗宴」 プラトン著 久保勉訳 岩波文庫

またまたプラトンです。前の「パイドン」のエントリーでも書きましたが、この人の文章の上手さ、構成の巧みさは、素晴しいです。哲学者にしておくのはもったいない(笑)。とにかくソクラテスをはじめ登場人物もみんあ魅力的に描けているし、「シンポシオン」ー共に飲むという宴会の雰囲気の中で語られる「エロス賛歌」はギリシア的な雰囲気に満ちています。史実に基づいているとはいうものの、プラトンの創作にかかる部分も多いでしょうから、やはりこの人の作家としての力量は並大抵ではありません。

特に私が感心したのは、ソクラテスの演説の中に、マンティネイヤの婦人ディオティマから聞いたという箇所が挿しはさまれているところです。いわば「入れ子」の構造になっていて演説の主旨をより効果的に表す事に成功しています。他の対話編と同様に、論理はわかりやすい平易な例から段々と抽象的霊的な領域に近づいていきます。現代の我々の考え方の基礎となっている論なので特に新奇さは感じませんが、無理のない論理の展開です。

「饗宴」は、「ソクラテスの弁明」や「パイドン」に比べると全体にハレの雰囲気を持っています。悲劇作者アガトンの作品が賞を得た祝いの宴会が舞台なので、当然かも知れませんが、人々の心を躍らせる「エロス」への賛歌がテーマになっていることも大きなファクターでしょう。「パイドン」とはうってかわったソクラテスの陽気な一面を見ることができます。プラトンが師との楽しい思い出を回想しながら、執筆した姿が浮かんできます。

「弁明」「パイドン」に比べると訳がちょっと古いのが、残念かも。

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